前回は多糖の基本事項とグルカンについて紹介してきましたが、今回はグルカン以外の様々な多糖についてみていこうと思います。多糖は構成する単糖だけでなくそのつながる方式や修飾など非常に多種多様な糖鎖が存在します。今回は多種多様な多糖のうち、特に代表的な多糖を解説していきます。それでは身近で、でもユニークな多糖の世界を見ていきましょう。

こんにゃくに含まれることで有名なマンナン(mannan)

マンナンの構造。マンナンはマンノースがβ(14)結合している
図1.マンナンの構造

 マンナンはこんにゃくに豊富に含まれていることで有名な多糖です。皆さんも聞いたことはあるのではないでしょうか?
 マンナンの構造はマンノースが β(1→4) 結合でつながっていて、通常天然のマンナンでは他の単糖を含むことが多いです。

料理や食品で大活躍の寒天(agar)

 寒天も食品でよく知られている多糖ですね。料理をされる方は知っている方も多いのではないかと思います。寒天は強いゲル化力を持ち、食品や微生物培地の固化剤として使用されます。以下に寒天の構造について記載します。
 寒天はアガロース (agarose) とアガロペクチン (agaropectin) の2成分よりなる

アガロース(agarose)

 D-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースが β(1→4) 結合しています。ここで3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースについて少し触れておきます。”アンヒドロ” とは二つの水酸基が取れて環状構造をとったものを言います。その前の 3,6- は水酸基が取れた位置のことを表します。その後ろの L-ガラクトースはもちろん基本骨格を指します。この場合は L 体なので気を付けてください。

アガロースの構造。D-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースがβ14結合してできています
図2.アガロースの構造

アガロペクチン(agaropectin)

 アガロースがベースの構造で少量のピルビン酸、D-グルクロン酸、硫酸が結合した構造をしています。

アガロペクチンはベースの構造はアガロースだが、ところどころに硫酸エステルやピルビン酸による修飾を受けている
図3.アガロペクチンの構造

ジャムやお菓子でよく使用される多糖、ペクチン質(pectic substances)

 ペクチン質の構造について記載します。ペクチン質は主にD-ガラクツロン酸が α(1→4) 結合してつながった構造のペクチン酸(pectic acid; 図4上)で、一部がメチルエステル化したペクチニン酸(pectinic acid; 図4下)に変わっています。ゲル化する特性のためジャム、マーマレードなどで粘性を持たせるために使用されます。

ペクチン酸とペクチニン酸の構造。ペクチン酸は D-ガラクツロン酸がα14結合してできている。ペクチニン酸はペクチン酸がメチルエステル化されている
図4.ペクチン酸(上)とペクチニン酸(下)の構造

生理的に重要な多糖、ムコ多糖(mucopolysaccharide)

 ヘキソサミン(六炭糖のアミノ糖)を構成成分とする多糖です。以下に代表的なムコ多糖を紹介します。様々な生理活性を発揮する多糖ですので、参考にしてみてください。

甲殻類の殻の成分、キチン(chitin)

 N-アセチル-D-グルコサミン (D-GlcNAc) が β(1→4) 結合でつながった多糖です。ちなみに()内に記載しましたが、N-アセチル-D-グルコサミンの省略形は D-GlcNAc と書きます。D-Glc は D-グルコースのことを意味します。NAc の N はアミノ基の窒素を意味し、Ac とはアセチル基(COCH3)のことを意味しています。つまり NAc はアミノ基の窒素にアセチル基が結合していることを意味しています。
 さて、キチンの構造はセルロースに類似した直鎖状をしています。セルロースも強靭な多糖でした。やはりキチンも硬い多糖で甲殻類の甲殻や昆虫の外皮、菌類の細胞壁に含まれています。N-アセチル-D-グルコサミンの原料として用いられています。

キチンの構造。N-アセチル-D-グルコサミン (D-GlcNAc) が β(1→4) 結合でつながった多糖である。構造はセルロースとにて、直鎖状をとっている
図5.キチンの構造

関節や粘膜にとって重要なヒアルロン酸 (hyaluronic acid)

 ヒアルロン酸も有名な多糖です。眼球のガラス体、臍帯、関節滑液、骨粘膜に含まれており、衝撃の緩和や保水などの役割を担っています。構造は D-グルクロン酸と N-アセチル-D-グルコサミンが β (1→3) 結合とβ (1→4) 結合で交互につながっている構造をとっています。

ヒアルロン酸の構造。 D-グルクロン酸と N-アセチル-D-グルコサミンが β 13 結合とβ 14 結合で交互につながっている
図6.ヒアルロン酸の構造

組織の構造を強靭にする多糖、コンドロイチン硫酸 (chondroitin sulfate)

 コンドロイチン硫酸 A は D-グルクロン酸と N-アセチル-D-ガラクトサミンが交互につながっている構造をとっており、二糖あたり1つの硫酸エステル(図7の赤字)を持っています(図7)。コンドロイチン硫酸にはいくつかの種類がありますが、硫酸エステルの位置によりA、Cが変わります。図7の(B)に示したように N-アセチル-D-ガラクトサミンの 4 位に硫酸エステルが結合しているものをコンドロイチン硫酸 A といいます。一方で図7の(C)に示したように N-アセチル-D-ガラクトサミンの 6 位に硫酸エステルが結合しているものをコンドロイチン硫酸 C といいます。さらに、図7の(D)に示したようにコンドロイチン硫酸 A の D-グルクロン酸が L-イズロン酸(L-イドースのウロン酸)に変わったものをコンドロイチン硫酸 B といいます。
 コンドロイチン硫酸は軟骨、脛靭帯、角膜、血管壁、腱にタンパク質と結合して存在しています。これらの組織は引っ張りに強かったり弾力が必要だったりします。そこで、コンドロイチン硫酸が結合組織の弾力、抗張力(引っ張りに耐える力)を与えています。

図7.コンドロイチン硫酸の基本構造(A)。コンドロイチン硫酸 A の構造(B)コンドロイチン硫酸 C の構造(C)コンドロイチン硫酸 B の構造(D)

血漿分離で必須のヘパリン(heparin)

 ヘパリンは D-グルクロン酸と N-アセチル-D-ガラクトサミンがα (1→4) 結合でつながった構造をしており、いろいろなところに硫酸エステルが結合しています。体内では肝臓に多く、リンパ腺、肺、心臓、筋肉にも見られます。
 さて、ヘパリンで重要な特性の一つに血液凝固阻止作用があります。この特性のために生物科学分野でよく利用されます。ここで血清と血漿について少し説明します。血液を採取したのち、しばらく放置すると凝固因子の作用で血液が凝固します。凝固した血液を遠心分離で分離すると、透き通った上清と血球や凝固因子の沈殿に分かれます。この際の上清を血清といいます。この調整方法でわかるように血清では凝固因子(特にフィブリノーゲン)を固めて除去してしまうため、ほとんど含まれていません。一方で凝固阻害剤を使用して採血したのちに遠心分離すると赤黒い赤血球層が一番下にたまり、白くて薄い白血球層と透き通った上清に分かれます。この上清のことを血漿といいます。この方法では凝固因子を除去する工程がないので、得られた血漿には凝固因子が含まれています。ちなみに、赤血球はもちろん酸素運搬に関与する血球ですが、白血球層にはリンパ球や単球、好酸球、好塩基球などの免疫関連細胞を多く含みます。さて、白血球などの血球を分離しようと思ったとき、血清分離するときのように凝固させてしまうと凝固因子によって血球ごと固まってしまい分離することができません。このような場合には凝固阻害剤がとても重要な役割を担うことになります。このようなときにヘパリンは最もよく使用されている凝固阻害剤です。

ヘパリンの構造。ヘパリンは D-グルクロン酸と N-アセチル-D-ガラクトサミンがα14結合でつながった構造をしている。高度に硫酸化されている
図8.ヘパリンの構造

 今回はいろいろな多糖を紹介してみました。これまで以上に聞いたことある多糖、特殊な特性を持つ多糖などがあって面白いですね。単糖やオリゴ糖についてもそうでしたが、糖質は非常に身近な物質なので食品やお菓子の成分表なんかで名前を探してみても面白いかもしれません。今回はここまでにしようと思います。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

参考文献

  1. 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 5-34
  2. 2.Jeremy M. Berg, John L. Tymoczko, Gregory J. Gatto Jr., Lubert Stryer著、入村達郎、岡山博人、清水孝雄、中野徹訳 (2018). ストライヤー生化学 第8版. 東京化学同人. pp. 290-313
  3. John McMurry著、伊東椒、児玉三明訳 (2000). マクマリー有機化学 第4版. 東京化学同人. pp. 439-470
  4. K. P. C. Vollhardt, N. E. Schore著、古賀憲司、野依良治、村橋俊一、大嶌幸一郎、小田嶋和徳、小松満男、戸部義人訳 (2020). ボルハルト・ショアー現代有機化学 第8版. 化学同人. pp. 1425-1486

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投稿者

みにらぼ

身近な多糖類を生化学の観点から見てみましょう件のコメント

  1. […]  今回は多糖の基本的なことを確認したのちにグルカンについて紹介しました。グルカンはグルコースで構成された物質ですが、その配置によってデンプンのような物質になったり、セルロースのような繊維になったりするなど、性質の全く異なる物質になるのは面白いですね。また、セルロースの誘導体やデキストラン、セルロースのようにいろいろな場面で応用できる物質も含まれているので、ぜひ覚えておいてください。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。次回はほかの多糖について紹介しようと思いますので、ぜひそちらも読んでみてください(身近でユニークな多糖類)。 […]

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