今回からは多糖類について紹介します。この記事では多糖の概要と、グルカンについて、次回はグルカン以外の代表的な多糖を紹介します。多糖というとただ単に単糖がつながった重合体というだけではなく、その結合箇所や単糖の種類、長さによって性状が変わってきます。少し複雑ですが、できるだけ整理して紹介しますのでぜひ参考にしてください。
Contents
多糖の種類と命名について
多糖の種類
ホモ多糖(homopolysaccharide):同一の単糖が重合してできた多糖のことです
ヘテロ多糖(heteropolysaccharide):2種類以上の単糖が重合してできた多糖のことです
命名方法:語尾の -ose を -an に変換して命名します
例:グルコース(glucose)から成る多糖=グルカン(glucan)
マンノース(mannose)から成る多糖=マンナン(mannan)
グルコースとマンノースから成る多糖=グルコマンナン(glucomannan)
最も身近な多糖、グルカン(glucan)
グルカンはグルコースがいろいろなパターンで重合してできた多糖類です。以下に代表的なグルカンを紹介していきます。
植物の貯蔵物質、デンプン(starch)
デンプンは植物の貯蔵物質としてよく知られている物質です。α デンぷんと β デンプンが存在しています。デンプンは熱水中でゾルになります。ゾルというのは流動性のあるコロイドのことで、ドロッとした状態になります。この状態を α デンプンと呼びます。なお濃度が高い状態で冷却するとゲルになります。ゲルは固形化したコロイドで、イメージとしてはゼリーのようなイメージを持っていただければよいと思います。さて、β デンプンは α デンプンを低温で放置するととる形態で、部分的な結晶構造をとっていて、水に溶けなくなります。α デンプンと β デンプンは食品ではとても重要な概念です。α デンプンは酵素作用を受けやすく、消化されやすいなど食品として優れた特性を持っています。一方 β デンプンは消化されにくく、水にも溶けにくいなど、食品に不向きな性質を持っています。実際あまりおいしくありません。
この辺りは、お米をイメージしていただけるとわかりやすいかもしれません。生米をバリバリ食べる人というのはかなりレアだと思います。生米中のデンプンは β デンプンなので食べるのに向いていないのです。これを炊く(加熱する)ことで α デンプンに変換します。これを α 化といいます。するとお米は柔らかくなり、おいしく食べられるようになりますね。実際消化効率も良くなります。ところが一度炊いたお米を放置するとカチカチになってしまい、おいしくなくなりますね。これはせっかく α 化したデンプンが β デンプンになってしまうため起こる現象です。こうしてみるととても身近な現象ですね。
アミロース(amylose)とアミロペクチン(amylopectin)はデンプンの部分構造
デンプンはアミロース(amylose)とアミロペクチン(amylopectin)と呼ばれる二つの構造からできています。
アミロースは D-グルコースが α(1→4) 結合でつながった物質です。6残基で一周するらせん構造をとっていて(図1)、ヨウ素を作用させると強い青色を呈します(図2)。これはヨウ素デンプン反応として知られている反応で、ヨウ素がらせん構造の中に保持されることで起こる呈色反応です。
アミロペクチンは数千残基程度で構成されているかなり大きな分子です。アミロースと同じように主な鎖は α(1→4) 結合でつながっていますが、20 ~ 25 残基ごとに一回程度 α(1→6) 結合による枝分かれが入ります(図3)。ヨウ素デンプン反応には陽性ですが、アミロースとは違って紫~赤色を呈します。
グリコーゲン(glycogen)、動物の貯蔵物質
アミロペクチンと似た物質ですが、数万残基程度で構成されているアミロペクチンよりもさらに大きな分子です。主な鎖は α(1→4) 結合でつながっていますが、8 ~12 残基ごとに一回程度 α(1→6) 結合による枝分かれが入ります(図4)。図4では赤丸で示していますがアミロペクチンよりも枝分かれの頻度が高いのがわかるかと思います。ヨウ素デンプン反応も陽性ですが、褐色を呈します。
植物の細胞壁の構成成分、セルロース(cellulose)
セルロースといえば、植物細胞の細胞壁を構成する成分で、植物に形や硬さ、強靭さを与えている成分です。セルロースはグルコースが β(1→4) 結合によりつながった物質で図5で示すように各分子が一つ置きに逆向きに配置した構造をしています。図5でわかるように直鎖状の構造をしています。このためこれらの分子が平行に並ぶと水素結合により結晶性を示すことができます(まっすぐな構造をしているのできれいに並ぶことができます。その結果規則正しく配列することができるので結晶性を示します)。一方で非結晶部分を持つ場合もあり、これらの配合具合により繊維の強さ、たわみやすさ、弾力、染色性、吸湿性など繊維の性質が変わります。
セルロースの誘導体には硝酸エステルがあり(ニトロセルロース; nitrocellulose)、火薬の原料となります。一方、酢酸エステルはアセチルセルロース(acetylcellulose)あるいは酢酸セルロース(cellulose acetate)として知られており、不燃性フィルム、ラッカーなどに利用されています。
ちなみにですが、生命科学系の研究・開発では試料をろ過滅菌する場面が良くあります。ろ過滅菌というのは 0.2 μm 程度の目のフィルターを通すことでバクテリア等をトラップすることによる滅菌手法です。この際のフィルターは酢酸セルロースが使用されていることが一般的です。もう一つ具体的な例を紹介します。生命科学系の研究開発では精製した試料の中に精製のために添加した余分な成分が含まれていることがあります。このような成分を除くために透析をします。透析というのはセルロースの袋の中に試料を入れて、適当な緩衝液(例えばリン酸緩衝液、トリス緩衝液など)の中に浮かべて攪拌する操作のことです。セルロース膜にはきわめて小さな穴が開いていて低分子の物質だけがセルロース膜外に拡散していき、タンパク質など大きな分子はセルロース膜の内部にとどまります。このようにすることで余分な成分だけを極めて薄くなるまで拡散させて抜くことができます。このような場面でもセルロースは活躍しているんです。
生命科学研究の場で大活躍のデキストラン(dextran)
D-グルコースが α(1→6) 結合でつながった主鎖と、主鎖から α(1→3) 結合で枝分かれしている枝分かれで構成されている多糖で、ある種の細菌により合成される物質です(図7)。生命科学にとってはとても重要な物質で、ゲルろ過クロマトグラフィーカラムの担体に使用される物質です。
この点について少し説明します。ゲルろ過クロマトグラフィーというのはいろいろな分子サイズの物質が混ざっているものを分子サイズごとに分離する実験手法です(図8)。ゲルろ過カラムの中には小さな穴が開いた担体が充填されています。そこにいろいろな分子サイズを含む溶液を流すと分子サイズの大きなものは担体に空いた穴に入り込むことができないのでカラムを通り抜けるスピードが速くなります。一方で小さいサイズの分子は担体の穴の中に入り込むため速度が遅くなります。さらに小さい分子は穴のさらに奥まで入り込むためなかなか出てきません。この速度差を利用することで分子サイズの異なる物質を分離することができます。このような実験手法をゲルろ過クロマトグラフィーといいます。
さて、デキストランに話を戻します。デキストランは穴を持つ構造を作ることができるという点や、安定であり他の分子と化学反応を起こしにくい、他の分子を吸着しにくいなど優れた特徴があるためゲルろ過クロマトグラフィーの担体として利用されます。
今回は多糖の基本的なことを確認したのちにグルカンについて紹介しました。グルカンはグルコースで構成された物質ですが、その配置によってデンプンのような物質になったり、セルロースのような繊維になったりするなど、性質の全く異なる物質になるのは面白いですね。また、セルロースの誘導体やデキストラン、セルロースのようにいろいろな場面で応用できる物質も含まれているので、ぜひ覚えておいてください。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。次回はほかの多糖について紹介しようと思いますので、ぜひそちらも読んでみてください。
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