中性脂質(neutral lipid)やロウ(Wax)という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?しかし、化学的な定義を正確に答えられる方はあまりいないかもしれません。かくいう私もその一人でした。ここではこれらの定義のみならず、よく知られている特性や反応についても紹介します。これらの反応は食品や飼料など劣化にかかわっていたり、いろいろな技術に応用されていたりしています。ぜひ勉強してみましょう。
Contents
グリセリンと脂肪酸のエステル、中性脂質
アシルグリセリンの種類と構造
中性脂質(neutral lipid)はグリセリンと脂肪酸のエステルのことを言います。この構造から別名、アシルグリセリン(acylglycerol)、グリセリド(glyceride)とも言います。また、油脂(oil and fat)と中性脂質はほぼ同義です。油脂とは油(oil)と脂(fat)のことを合わせた言い方で、油とは常温で液体の油脂のことを言います。一方で脂とは常温で固形の脂質のことを言います(図1)。常温で液体か個体かは生物にとって極めて重要な意味を持ちます。
ここでアシル基について簡単に説明しておきます。アシル基というのは脂肪酸のOH基を除いた部分 (R-CO) のことを言います。アシルグリセリンという語はグリセリンの水酸基に脂肪酸のOH を除いた部分が結合していることを言っています。
通常、天然にみられる中性脂質はグリセリンの3つの水酸基すべてに脂肪酸がエステル結合しているトリグリセリド (triglyceride) の形態で存在しています(アシル基が3つエステル結合しているのでトリグリセリドと呼んでいます)。一方でエステル結合しているアシル基が2つのものをジグリセリド(diglyceride)や1つしか持たないモノグリセリド(monoglyceride)なども生合成の過程で生じます。
アシルグリセリンの名前はどう付ける?
グリセリンはもともと不斉炭素原子を有しません。ところが、ここにアシル基が付加することにより、中央の炭素が不斉炭素原子になります(中央の炭素の4本の手すべてが異なる置換基と結合している状態になります;図3)。この場合の命名法について記載します。まずは脂肪酸が一つだけ結合している場合を見ていきましょう。
脂肪酸が一つだけ結合している場合
- 中央の水酸基を左において構造式を描きましょう
- グリセリン骨格の3つの炭素に上から番号を振ります。
各脂肪酸の結合位置を指定する場合はこの番号を使用して表現します。 - sn を物質名の前に着けます
“sn” はイタリックですので注意してください。この sn というのは sterospecifically numbering (立体特異的番号付け) のことを言い、ここで示したような命名法をとっていることを示しています
例えば、図4のように端の水酸基にパルミチン酸が結合している場合について考えます。
- 中央の水酸基を左において構造を記載しましょう(図4左)
- 上から炭素のに1~3 まで番号を振ります
パルミチン酸が結合している炭素は 1 番の水酸基ですので 1-パルミチン酸グリセリンとなります。 - sn をつけて sn–1-パルミチン酸と命名します。
次に、トリグリセリドの慣用名の命名方法について記載しますね(ジグリセリドは同じようにして命名できます)。
脂肪酸が三つ結合している場合
3つとも同じ脂肪酸が結合している場合
脂肪酸の語尾 -ic acid を -in に変更します。例えばステアリン酸 (stearic acid) をトリステアリン (tristearin) とします。
系統名についても確認してみましょう。系統名ではエステルの命名法ですので、脂肪酸-グリセリン(アルコール)の順に記載します。したがってトリステアリン酸グリセリン(トリステアロイルグリセリン)となります。
異なる脂肪酸が付いている場合
- 何位にどの脂肪酸が結合しているかを確認します。
- 炭素数の数を確認します
- 不飽和度を計算します
- 炭素数の小さいものから順番に、同じ炭素数の場合は不飽和度の小さいものから順番に並べます
では図5の右側の例についてみてみましょう。この例ではパルミチン酸、オレイン酸、ステアリン酸が結合しています。
- どの脂肪酸がどの位置に結合しているか確認してみます
1位にパルミチン酸、2位にオレイン酸、3位にステアリン酸ですね - 炭素数を確認してみましょう
パルミチン酸は炭素数 16、オレイン酸は炭素数 18、ステアリン酸は炭素数 18 です。ですので、最初に書くのは 1-パルミチン酸ですね。次にオレイン酸とステアリン酸は炭素数が同じですので不飽和度を確認します - 不飽和度を考えます
不飽和度とは二重結合や環の数を表す数値で、算出方法は後述します。オレイン酸の不飽和度は 2、ステアリン酸の不飽和度は 1 です。オレイン酸の方が不飽和度が大きいので 3-ステアリン酸、2-オレイン酸の順に並べます。 - 最後に炭素数の小さいもの、不飽和数の小さいもの順に並べましょう
1-パルミト-3-ステアロ-2-オレインと命名します。
系統名についても確認してみましょう。系統名ではエステルの命名法に従いますので、1-パルミトイル-2-オレオイル-3-ステアロイルグリセロールとなります。この場合は 1 位、2 位、3 位の順に並べます。
不飽和度 (degree of unsaturation) は環状構造や二重結合の数を表す指標
分子式から有機化合物の構造についてヒントを得ることができます。二重結合や環が分子に含まれると、その分水素の数が減少します。その減少分から二重結合の数や環の数を推定することができます。それが不飽和度です。不飽和度の計算方法は以下の通りです。
n_c:炭素の数、n_x:ハロゲンの数、n_N:窒素の数、
H_sat:飽和時の水素原子数、実際の水素数 H_act
ここで不飽和度は
ですので、不飽和度から二重結合や環の数を推定することができます。
中性脂質の性状
各溶媒に対する溶解性
- 無極性の溶媒(エーテル、ベンゼン、クロロホルムなど)によく溶けます
- エタノールには溶けにくいです
- 水には不溶です
このことは油脂であることからイメージしやすいのではないでしょうか?
融点は構成脂肪酸によってきまる
融点は構成脂肪酸の融点を反映しています。ちょっと実例を見てみましょう。表1にはダイズ油、バター、ブタ脂に含まれる脂肪酸の組成を表しています。各油脂の特徴は
- ダイズ油では不飽和度の高い(二重結合を多く持つ)脂肪酸の比率がほかの油脂と比較して多くなっています(赤字で示してます)
二重結合を持つと分子が曲がってしまうため融点が低くなるのでした。この特徴が反映されてダイズ油は融点が低くなります。このためダイズ油は常温で液体です。 - ブタ脂は不飽和度の高い脂肪酸の含有率が低くなっています
融点が高くなり、常温で固形になります - バターでも不飽和度の高い脂肪酸の含有率が低くなっていますが(なので常温で固形ですが)、炭素鎖の短い脂肪酸の含有率が高いです
融点が高くなり、常温で固形ですが、炭素鎖の短い脂肪酸の含有率が多いためブタ脂と比較すると軟らかくなります。
このように脂質の特徴はどのような脂肪酸をどれくらいの比率で持っているのかによって決まってきます(脂肪酸の特性については”脂肪酸、脂質の構成成分”で紹介していますのでそちらも読んでみてくださいね)。
中性脂質を分解してできるセッケン、その正体は?
中性脂質をアルカリ性の基で処理すると中性脂質のエステル結合が加水分解を受けて切断され、脂肪酸のナトリウム塩やカリウム塩が得られます。この脂肪酸塩はカルボキシル基の親水性部分と炭化水素鎖の疎水性部分で成り立っています。このためこの脂肪酸塩を水中においておくと炭化水素鎖同士が疎水性同士ひかれあって集まり整列することで、図6の右側に示したような油滴ができます。この油滴の外側にはカルボキシル基が並んでくるんでいるため油滴の外側は親水性になっています。このような構造はミセル(micelle)と呼ばれています。ミセルは内部の油滴の中に疎水性の物質を閉じ込めて水中に分散させることができます。このためセッケンは汚れを落とすことができるわけです。
先ほどの例では水中に油滴を分散させるメカニズムについてみてきました。このように本来混ざり合わないもの同士を適切に処理することで分散させて混ぜ合わせることを乳化(emulsification)といいます。図7には乳化のイメージを示しています。乳化には二つのパターンがあります。
- 水中に油滴を分散させる乳化(図7左)、oil in water 型乳化(O/W 型乳化)
この場合では脂肪酸塩がカルボキシル基を外側に向けて内側に炭化水素鎖を向けています。このため油滴は見た目上、親水性のようにふるまいます。こうして油滴が水中に分散されるようになります。
例:牛乳、アイスクリーム、マヨネーズなど - 油中に親水性の物質を分散させる乳化(図7右)、water in oil 型乳化(W/O 型乳化)
脂肪酸が炭化水素鎖部分を外向けに内側にカルボキシル基を向けています。この結果、水滴が見た目上脂質のように挙動して、水滴が油中に分散できるようになります。
例:バターやマーガリンなど
不飽和度の指標としてのヨウ素価
不飽和脂肪酸にヨウ素を作用させると左のような反応が起こって、ヨウ素が付加されます。この反応は二重結合一つに対して一分子のヨウ素が付加されるので、どれだけのヨウ素が反応するのかを確認してみることで不飽和度をおおよそ知ることができます。そこで、対象とする油脂 100 g に対して付加するヨウ素の量をヨウ素価といい、不飽和度を知る指標としています。
油脂の変化を引き起こす自動酸化 (autoxidation)
不快なにおいを起こす油脂の酸化
油脂の内、特に二重結合を有する油脂を放置すると、空気中の酸素と反応して酸化されていきます。この酸化は不快なにおいのもとになったり、油脂が酸性化するため食品の劣化につながります。この現象を酸敗(rancidity)といいます。したがって特に魚のような不飽和脂肪酸を多く含むような油脂をもつ食品は自動酸化をいかに防ぐかがおいしく食べるために重要になってきます。図8には自動酸化を起こすメカニズムを記載しています。
- 酸素ラジカル(不対電子を持つ分子をラジカルといいます)の影響で二重結合間にある炭素の水素が引き抜かれます。この結果水素を引き抜かれた炭素はラジカルになります。
- ここに酸素分子が付与します。この時、不対電子一つは炭素ラジカルの不対電子とペアになりますが、もう一つの不対電子はフリーのままになります。
- ここに水素が結合して酸化物ができるわけですが、この水素、分子①から引き抜いてしまうのです。ここで水素を引き抜かれた分子①は1のステップに戻ります。このことでわかるようにこの反応は連鎖的に起こります。
- こうしてできた酸化脂質はさらに酸化、分解してアルデヒドや脂肪酸を生じます。これが酸敗の原因物質です。
自動酸化は悪いだけの現象ではない
上記では自動酸化の悪い面を紹介しました。ところが、この自動酸化をうまく利用するとペイントやワニスなどの塗料に利用することができます。それが図8の下の四角で囲った部分の反応です。この反応は自動酸化の中間体、分子②と分子③が重合することで分子⑤を産生します。このような油脂にはリノール酸(18:2)やリノレン酸(18:3)が豊富に含まれています。これらの油脂では分子⑤でできたような架橋が複数個所に入るので分子がより強固になります。これが塗装面に防水性の丈夫な被膜を作ります。この現象が塗料にとても有利なんですね。
不飽和脂肪酸を含む油脂に水素を付加する油脂の硬化 (hardening)
Ni 触媒存在下などで二重結合に水素付加すると、不飽和脂肪酸が飽和脂肪酸に変換されます。飽和脂肪酸は不飽和脂肪酸より融点が高いので、脂質自体の融点も高くなり、油脂が固くなります。ですので油脂の硬化(hardening)というのです。さて、不飽和脂肪酸を含む油脂では自動酸化で劣化するのでした。飽和脂肪酸に変換すると自動酸化の原因となる二重結合を単結合に変換してしまうので、脂質の酸化を防止することができます。
エネルギーは中性脂質で蓄えると効率がいい
中性脂質というと肥満のもとというネガティブなイメージが強いかと思います。ですが、中性脂質で蓄えるというのはとても効率がいいんです。生物が利用するエネルギーといえば糖ですが、糖と中性脂質でエネルギーの貯蔵効率を比較すると:
- 糖: 4.2 kcal/g 程度
- 中性脂質: 9.3 kcal/g 程度
実は糖でエネルギーを蓄えようとすると脂質の二倍くらいの質量が必要になるのです。中性脂質が貯蔵物質であるということは動き回る動物にとってとても有利なんですね。
ろう
最後にろうについて簡単に紹介します。
- 定義:脂肪酸と高級アルコールのエステルです。
- 高級アルコール・・・炭素数が6以上の長い炭化水素鎖を持つ
- 脂肪酸・・・パルミチン酸(16:0)以上の長さを持つものが多い
- 特性:
常温で固形
加水分解を受けにくい - 具体例:
鯨ろうの主成分:パルミチン酸セチル (C15H31COOC16H33)
蜜ろうの主成分:パルミチン酸ミリシル (C15H31COOC30H61) - 生理的な役割:
安定な被膜保護物質- 水鳥の羽毛で水をはじくための保護被膜
- 植物の葉の表面の保護・水の蒸発防止
今回は中性脂質やろうについて紹介してみました。この領域は単純な脂質なのであまり広がりが内容の見えて実はとても重要な事項がたくさんある領域です。ぜひ勉強をしてみてくださいね。最後まで読んでいただいてありがとうございました。
参考文献
- 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 67-84
- K. P. C. Vollhardt, N. E. Schore著、古賀憲司、野依良治、村橋俊一、大嶌幸一郎、小田嶋和徳、小松満男、戸部義人訳 (2020). ボルハルト・ショアー現代有機化学 第8版. 化学同人. pp. 608-609
- 知地英征、池添博彦、塩見徳夫、藤島利夫、山形紳 (1998). 最新 食品学総論 第2版. 三共出版. pp. 175-176
- 露木英男、越後多嘉志、鴨居郁三、菅野長右ェ門、竹中哲夫 (1994) 食品製造科学. 建帛社. pp. 20-23