動脈硬化、肥満などネガティブなイメージが付きがちな脂質、でもホルモンの構成物質だったり、細胞膜の主成分など生物にとって極めて重要な物質というだけでなく応用も広がっている物質、それが脂質です。ここでは脂質について基本的なことについて紹介していこうと思います。

脂質とは?定義と分類

 脂質という言葉はよく聞くと思いますが、そもそも脂質とはどういうものをいうのでしょうか?脂質とは生体分子の内、非極性溶媒で抽出できるものを言います。非極性溶媒というのは分子に電荷の偏りのないような分子(例えばクロロホルムやエーテルなど)で成り立っている溶媒のことです。このような溶媒に溶ける物質は溶媒と同様電荷の偏りがない(あるいは少ない)分子です。このような分子は電荷の偏りがないので、水には溶けない疎水性を持つ分子です。

 脂質は加水分解が可能な脂質と加水分解ができない脂質が存在します。図1を見てください。図の中でRと記載している部分は置換基 (residue) のことを意味する文字で、ここでは何かの炭素鎖のことを意味しています。有機化学ではよく使う表記方法ですので慣れてください。左側に記載したようにエステル結合によって炭素鎖がグリセリンやアルコールと結合した構造の脂質をけん化性脂質 (saponifiable lipid) といいます。この脂質はエステル結合を有するためアルカリ処理などで加水分解が可能です。脂質において加水分解処理することをけん化 (saponification) といいます。けん化が可能である脂質ですのでけん化性脂質というわけです。けん化性脂質の内、炭素鎖とアルコール又はグリセリンだけで構成される脂質(図1の左上の分子)を単純脂質(simple lipid)といいます。一方でリン酸や糖などを含む脂質(図1の左下の分子)のことを複合脂質(conjugated (compound) lipid)といいます。図1左下に示したホスファチジル酸はリン酸を含むのでリン脂質と呼ばれる脂質です。

 図の右側に示したのはコレステロールです。この脂質にはエステル結合のような加水分解ができる個所がありません。このような脂質はけん化ができないので不けん化性脂質(unsaponifiable lipid) といいます。

図1.脂質の分類。けん化性脂質(単純脂質・複合脂質)、不けん化性脂質

脂質の加水分解による分解、けん化

 けん化とはエステルを水酸化ナトリウムのようなアルカリで処理することにより、エステル結合を加水分解して脂肪酸とグリセリン(あるいはアルコール)に分解することをいいます(図2)。けん化という呼び方は動物性脂質をアルカリ処理することでセッケンを作られることに由来します(けん化は saponification といいます。”sapo” とはラテン語で、英語の “soap” に相当する言葉です)。

図2.単純脂質と複合脂質のけん化

エステルの加水分解のメカニズム

 ここで念のためエステルの加水分解のメカニズムについて記載しておきます(図3)。このメカニズムは求核アシル置換(nucleophilic acyl substitution)と呼ばれます。エステルの炭素は隣接する酸素原子のため若干 + に偏っています(δ+性)。OH の非共有電子対がこのδ+性の炭素原子を攻撃し結合を形成します。すると、炭素-酸素間の二重結合の内、π電子が酸素側に遷移して、四面体中間体を形成します。この中間体は不安定なので酸素原子の電子が遷移して炭素-酸素間の結合が二重結合になると同時に炭素- OR’ 間の電子が酸素原子側に遷移して OR’ が脱離します。さらに、カルボン酸の OH 基の水素(プロトン)が外れて(脱プロトン化)カルボン酸塩を生じます。このような反応は電子とδ+性に注目するとわかりやすくなります。落ち着いて確認してみてくださいね。

 今回は脂質の定義と大まかな分類について確認してみました。まずはこのフィールドの入り口となる知識ですので、確認してみてください。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。

参考文献

  1. 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 67-84
  2. John McMurry著、伊東椒、児玉三明訳 (2000). マクマリー有機化学 第4版. 東京化学同人. pp. 502-512