最近では ω3系脂肪酸とか短鎖脂肪酸といった言葉で知られるようになってきた脂肪酸ですが、脂肪酸は脂質(特に中性脂質)の特性を決定づける重要な構成要素です。その意味では脂肪酸の特性を理解することは脂質の特性を理解することにつながります。今回は脂質の勉強をするうえで基礎となる脂肪酸の定義や性質について紹介しようと思います。
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脂肪酸とは?定義を確認してみましょう
脂肪酸 (fatty acid) とはカルボキシル基を一つ有する鎖状化合物のことを言います(鎖状モノカルボン酸といいます)。図1に構造の一例を示しています。カルボキシル基を持つ化合物はカルボン酸と呼ばれ、~酸を付けて命名します。脂肪酸の”酸”はここからきているわけですね。
さらに脂肪酸は大きく飽和脂肪酸(saturated fatty acid)と不飽和脂肪酸(unsaturated fatty acid)に分類できます。飽和というのは炭化水素鎖の結合がすべて単結合であることを言います。当然不飽和とは炭化水素鎖のどこかに二重結合や環を含むことを言います。脂肪酸の場合は基本的に二重結合だと思っていただいて支障はないと思います。
脂肪酸の名前はどう付ける?
脂肪酸の命名法は炭化水素の末尾 -e を -oic acid に変えます(日本語では単純に酸を付けます)。例えばCH3(CH2)4COOH の場合は、炭素が6つですので元の炭化水素はヘキサン (hexane) ですね。ですので、日本語では酸を付けてヘキサン酸、英語では -e を -oic acid に変えて hexanoic acid とします。ただし、多くの場合は慣用名を使用されますので、慣用名も覚えましょう。下表に慣用名と化学式、略記をまとめています。参考にしてくださいね。
脂肪酸の構造がわかる記述方法、略記法
脂肪酸を記載するにあたっていちいち化学式や構造式を記載すると大変ですよね。そこで構造がわかる情報を残して記載する方法があります。これが略記法です。図2では脂肪酸の略記法を示しています。略記では炭素の数:二重結合の数(二重結合の位置とシストランスの種別)で表記します。オレイン酸を例に確認してみましょう。オレイン酸は炭素の数が 18 個です。二重結合は全部で1つです。ここで位置の記載方法について確認します。各炭素にはカルボキシル基側から番号を振りましょう。二重結合は 9 番目(9 位)と 10 番目(10 位)の間にありますね。この場合は若いほうの番号を採用します。つまり 9 位にある二重結合と読みます。シス体かトランス体かですが、オレイン酸はシス体です。以上の情報をまとめると 18:1 (9c) となります。なお、トランス体の場合は 9c を 9t と記載してください。
ところで n-3 (ω-3) 系脂肪酸という表現を聞いたことはないでしょうか?ω-3 系と n-3 系は全く同じ意味で、ω-3 系の方が古い言い方になります。近年では EPA が血液凝固・血圧のコントロールや免疫に関与することや DHA が高脂血症、動脈硬化、アレルギーの予防効果、痴呆の予防に効果があることが示唆されており、注目されている脂質です。これらの脂肪酸は高度不飽和脂肪酸 (PUFA; plyunsaturated fatty acid) といいます。EPA はイワシ、サバ、サンマ、サケなど青魚に多く含まれ、DHA は魚類に多く含まれます。健康を意識している方はぜひお魚を取るようにされてはいかがでしょうか?
不飽和脂肪酸はパルミトレイン酸を除いて、すべてメチル末端側から数えて 3 の倍数の位置に二重結合をもちます。この位置がメチル末端からの位置によって名前を付けています(図3を参考にしてください)。
- n-3 (ω-3) 系:メチル末端から 3-4 個目の炭素間に二重結合を持つ
例:リノレン酸、EPA、DHA - n-6 (ω-6) 系:メチル末端から 6-7 個目の炭素間に二重結合を持つ
例:リノール酸、アラキドン酸 - n-9 (ω-9) 系:メチル末端から 9-10 個目の炭素間に二重結合を持つ
例:オレイン酸
天然に存在する脂肪酸の特徴は?
表1と図3に示す脂肪酸を参考に見ながら読んでいただければわかりやすいかと思います。以下に天然の脂肪酸の特徴をリストアップしてみますね。
- 炭素数が偶数
- 不飽和脂肪酸はシス体をとることが多い
- 複数の二重結合をもつ場合、1,4-ジエン(–1CH=2CH-3CH2–4CH=5CH-)になる
複数二重結合がある場合は炭素一つ置き並んでいますね。これが 1,4-ジエンになっているということです。 - 二重結合はメチル末端から数えて 3 の倍数の位置にあるものが多い(パルミトレイン酸以外)
他の脂肪酸ではカルボキシル基の反対側から数えて 3 の倍数の位置(青字の数を見てください)に二重結合があるのがわかるかと思います。
融点は脂肪酸の構造、立体構造が融点を決める
脂肪酸の融点と構造の関係は以下のようになります
- 炭素数が多くなると一般に融点が高くなります
飽和脂肪酸では直鎖状なので分子同士が整然と並ぶことができますね。このため固まりやすくなります(融点が高くなります;図4)。 - 同じ炭素数でも二重結合の数が多ければ多いほど融点は下がります。
二重結合を持つ不飽和脂肪酸では分子内に折れが発生するため分子がうまく並びにくくなります。このため融点は下がります - シス体をとるものはトランス体をとるものよりも融点が下がります。
トランス体では分子の曲がり方がシス体よりは小さいのがわかるかと思います。一方でシス体はくの字状に曲がっていますよね。この差のため、トランス体よりシス体は分子がうまく整列できにくく、最も固まりにくい脂肪酸ということになります。
このように有機化合物の融点は分子の形が大きく影響を及ぼす場合が多いです。ぜひこの発想には慣れてくださいね。今後の記事で紹介することになるかと思いますが、この特性は脂肪酸が中性脂質になっている場合にも影響を与えます。飽和脂肪酸は固まりやすく、不飽和脂肪酸は固まりにくいと覚えていただければよいかと思います。
いろいろな溶媒に対する溶解性は?
溶解性は次の通りです。
- 基本的に有機溶媒(エーテルなど)によく溶けます
- 水への溶解性は炭化水素鎖の長さが影響します
- 酢酸 (CH3COOH) は水に任意の割合で溶けます(炭素数 =2 個)
- ヘキサン酸 (C5H11COOH) では水にわずかに溶けます(炭素数=6 個)
- オクタン酸 (C7H15COOH) になると水には溶けません(炭素数=8 個)
このような特性は炭化水素鎖の部分が疎水性でカルボキシル基の部位が親水性であるため、炭化水素鎖の部分が大きくなればなるほど炭化水素鎖の影響が増大していき分子全体としては疎水性になっていくためです。このように置換基の大きさによって影響が分子全体に波及して分子の性質が変わるという現象も有機化学ではよくある現象ですので慣れ下さいね。
今回は脂肪酸について紹介してみました。脂肪酸は脂質を考える上で基本的な知見となります。また、有機化合物を考える上で役に立つ考え方が出てきたりしますのでぜひ勉強してみてください。次回は中性脂質やろうになった場合にこれら脂肪酸の性質がどう影響するのかについて紹介したいと思います(”脂肪酸とアルコールのエステル、中性脂質とろう“)。ぜひ読んでみてください。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。
参考文献
- 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 67-84
- 知地英征、池添博彦、塩見徳夫、藤島利夫、山形紳 (1998). 最新 食品学総論 第2版. 三共出版. pp. 48-57