私たちが運動をしたり、ものを考えたりするためにはエネルギーが必要です。このエネルギーはどのようにして生み出されるのでしょうか?体内でエネルギーを生み出す仕組みをエネルギー代謝といいます。今回はこのエネルギー代謝についてやさしく解説しようと思います。
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エネルギー代謝の概要
ATP はエネルギーの通貨
せっかくエネルギーを生み出しても、エネルギーを蓄積できる分子がないと無駄になってしまいます。ATP(アデノシン三リン酸)にはリン酸基が三つ並んで結合している構造があり、このリン酸基同士が互いに反発しています。このため ATP はリン酸基の間にエネルギーを蓄えることができます。エネルギーを使うときには、リン酸基を切り離すことでエネルギーを取り出して使用します。このように、ATP は分子内にエネルギーを蓄えて、エネルギーを必要な場所へ運ぶ役割を担っているので、「生体のエネルギー通貨」と呼ばれたりします。
ミトコンドリアの構造
エネルギー代謝は細胞質とミトコンドリアで行われます。特にミトコンドリアは効率の高いエネルギー産生を行っている、エネルギー生産工場のような役割を担っています。ここでは、ミトコンドリアの構造についてみていきましょう。ミトコンドリアは細胞質とミトコンドリアを隔てる外膜、その内側に内膜があります。内膜に囲まれた領域はマトリックスと呼ばれ、内膜と外膜の間にある領域は膜間腔と呼ばれます。内膜は複雑に折りたたまれた構造をしており、このひだ状の構造をクリステといいます。なお、外膜を跨いだ物質の移動はほぼ素通りですが、内膜を跨いだ物質の移動はトランスポーターなど物質を運ぶ役割を担うタンパク質が制御しています。
エネルギー代謝:解糖系、TCA サイクル、酸化的リン酸化
エネルギー代謝は以下の三つの経路が機能して、ATP を産生します。
- 解糖系(系の場所:細胞質)
- TCA サイクル(系の場所:ミトコンドリアのマトリックス)
- 酸化的リン酸化(系の場所:ミトコンドリアの内膜)
これら三つの経路はそれぞれが異なる役割を担っており、それぞれが協調的に機能して、とても高効率なエネルギー産生を可能にしています。解糖系は細胞質で行われ、TCA サイクルはミトコンドリアのマトリックス内で、酸化的リン酸化は内膜上で行われます。
解糖系は最も原始的な経路で、ほぼすべての生物が持っています。解糖系では炭素を6つ持つグルコースを炭素を3つ持つピルビン酸に分解する過程でエネルギーを取り出します。この時、種火として少しだけ ATP を消費しますが(2ATP を消費)、系全体でもっと多くの ATP を産生することができるので(4ATP を産生)、エネルギー収支はプラスになります。
TCA サイクルと酸化的リン酸化は、解糖系の最終産物であるピルビン酸を利用して、ATP を産生することができます。TCA サイクルは(少しだけ ATP も産生されますが)主に NAD+ や FAD を NADH + H+ や FADH2 に変換する経路です。NAD+ や FAD はいわば極小の電池です。これらの分子は電子を受け取って NADH + H+ や FADH2 に変換されます(極小の電池が充電されるようなイメージです)。
こうして充電された NADH や FADH2 は酸化的リン酸化で ATP 合成に利用されます。この過程では NADH や FADH2 が電子を電子伝達系に供給して、水素イオンがミトコンドリア内部から内膜の細胞質側にくみ上げられ、さらに水素イオンがマトリックスに戻ろうとする力を利用して ATP 合成が行われます。
エネルギー代謝のエネルギー収支
グルコース1分子から合成される各分子を見てみましょう。まず、解糖系では 2ATP を消費しますが、 4ATP が産生されるため全体では 2ATP が産生され、他に NADH が 2 分子産生されます。ピルビン酸→アセチル CoA の反応では2分子の NADH が産生されます。TCA サイクルでは6分子の NADH、2分子の FADH2、2分子の GTP が産生されます。GTP は ATP と同等ですので、2分子の GTP は2分子の ATP と同じことです。以上の分子数をまとめる以下の通りです。
グルコース1分子当たり:
- ATP:4分子
- NADH:10分子
- FADH2:2分子
ATP はいいとして、NADH と FADH2 を酸化的リン酸化で変換すると、それぞれ3ATP、2ATP に相当します。このことから計算すると、グルコース1分子から産生される ATP は以下の通りです。
4 ATP + 10 (NADH+H+) × 3 + 2 FADH2 × 2 = 38 ATP
ところで、TCA サイクルと酸化的リン酸化は酸素を要求します。例えば、全力疾走した後など激しい運動をした場合、息が苦しくなりませんか?これは酸素供給が追い付いていないために起こることです。このような場合、TCA サイクルや酸化的リン酸化を動かしているとエネルギー供給が追い付かなくなるので、解糖系だけが機能します。この時は 2ATP しか供給されません。つまり、解糖系はスピーディーにエネルギー供給ができる代わりに効率が悪く、TCA サイクルと酸化的リン酸化は効率がいい代わりに酸素が要求されます。なお、この時の代謝はピルビン酸が還元されて乳酸まで進行します。このため乳酸が筋肉内に蓄積してしまいます。
また、嫌気的な生物の場合には TCA サイクルや酸化的リン酸化を持っていないため、解糖系からのエネルギー供給しか行われません。解糖系だけだとグルコース1分子当たり 2 ATP しか供給されない一方で、TCA サイクルと酸化的リン酸化を利用すると 38 ATP ものエネルギーを生み出せるわけですので、TCA サイクルと酸化的リン酸化を獲得して酸素を利用できるようになったことが、どれほどエネルギー効率を高めたかがわかりますね。
各経路の詳細について
解糖系
解糖系のポイントは、炭素原子を6つ持つグルコースをちょうど半分の位置で切り分けて、グリセルアルデヒド-3-リン酸という炭素原子3つの分子二つに変換することにあります。こうすることで、グリセルアルデヒド-3-リン酸2分子からエネルギーを取り出すことができるためです。グルコースからグリセルアルデヒド-3-リン酸2分子を得る反応で、2ATP を消費します。一方で、グリセルアルデヒド-3-リン酸1分子からは2ATP が産生されるので、グルコース1分子からは4ATP が産生されます。したがって解糖系全体としてのエネルギー収支は2ATP となります。
TCA サイクル
TCA(tricarboxylic acid cycle)サイクルは、クエン酸回路、(発見者 Hans Adolf Krebs にちなんで)Krebs 回路などとも呼ばれています。ピルビン酸は補酵素 A(CoA)と結合して、アセチル CoA が産生されます。このステップは TCA サイクルに含まれませんので気を付けてください。この後、アセチル基(CH3CO- の部分;炭素数2)がオキサロ酢酸(炭素数4)に転位してクエン酸(炭素数6)を産生します。その後、炭酸と水素が脱離しながら、NADH 産生を行っていき、最終的にオキサロ酢酸が産生されます。ここに、新たなアセチル CoA が供給されてサイクルが回っていきます。1サイクル当たりの反応をまとめると以下の通りです。
グルコース1分子当たり:
2 CH3COCOOH + 6 H2O + 8 NAD+ + 2FAD → 6 CO2 + 8 (NADH + H+) + 2FADH2
この反応、呼吸に関係する反応なのですが、酸素は消費されません。勘違いしないように注意してください。
酸化的リン酸化
酸化的リン酸化は以下の二段階で進行します。
- 電子伝達系による水素イオン(プロトン)の汲み出し
- ATP 合成酵素による ATP の合成
酸化的リン酸化は酸素を要求する過程です。電子伝達系では、いくつかの酵素が NADH や FADH2 から水素イオンと電子を受け取って、ポンプのように働き、水素イオンをミトコンドリアのマトリックスから内膜の細胞質側に汲み出します。このとき、水素イオンと電子が酸素にわたされて H2O が産生されます。この過程でわかるように電子伝達系では酸素が消費されます。この反応をまとめると以下の通りです。
グルコース1分子当たり:
10 (NADH + H+) + 2 FADH2 + 6 O2 → 10 NAD+ + 2 FAD + 12 H2O
ATP 合成酵素は水車のように回転する部分と ATP 合成を担う部分で構成されています。くみ上げられた水素イオンは、電気的な反発や濃度勾配の是正のために、マトリックス側へ戻ろうとします。この水素イオンの流れが水車部分を回してエネルギーを与え、このエネルギーを利用して ATP 合成部分が ATP を合成します。酸化的リン酸化で産生される ATP は NADH 一分子当たり3ATP、FADH2 一分子当たり2ATP が合成されるとされています。
今回はエネルギー代謝について概説してきました。エネルギー代謝は複雑な経路がいくつも関与するのでややこしい分野です。今回は細かい内容は省略して概要が理解できるように解説しました。より詳細については以下に示す記事で記載していますので、もっと詳しく知りたい方は一度チャレンジしてみてくださいね。