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六員環の分子構造は
いす形と舟形をとる
図1に六員環の構造を示しています。炭素原子は正四面体の頂点方向に結合の手が伸びている構造をしています。この炭素を組み合わせると、図1のようないす形と舟形の構造が考えられます。舟形の構造は炭素が同じ側に集中していて、少し窮屈な印象がないでしょうか?さらに a で表示された位置に水素や水酸基が結合するわけですが、これらの置換基もかなり集中してしまい、かなり窮屈な印象を持ちませんか?立体障害とはこの窮屈さのことを言います。立体障害があると原子同士が反発しあってしまうため(ぶつかり合うようなイメージです)、分子は不安定になります。したがって、いす形の方が安定です。
図1で C と O が作る平面(分子土台の平面;黄色い面で表現しています)に対してOH 基や CH2OH 基が水平に位置する場合をエクアトリアル結合、垂直方向に位置する場合をアキシアル結合といいます。さて、OH 基や CH2OH 基は特に大きな置換基ですので、立体障害が起きやすい位置に来ると不安定になりやすいです。一方で水素はとても小さい原子なのでぶつかりやすい位置に来ても邪魔になりにくいです。このためエクアトリアル結合の方が安定です。
C1 配座と 1C 配座の安定性は立体構造によって決まる
ピラノース(六員環を形成する単糖)は C1 配座と 1C 配座をとりえます(図2)。これらの配座の内、立体障害が起こりにくいほうが安定です。つまり、前述の通り、エクアトリアル結合をとる方が立体的に安定です。D-グルコースの各配座でそれぞれの OH 基や CH2OH 基がアキシアル結合かエクアトリアル結合のいずれをとるかを表1にまとめてみました。
α-D-グルコースでは、C1 配座をとると1位の水酸基を除いてすべてエクアトリアル結合をとります。一方で 1C 結合は逆に1位の水酸基だけがエクアトリアル結合であり、そのほかはアキシアル結合をとります。前述の通りアキシアル結合は立体障害を起こしやすいため不安定になります。したがってα-D-グルコースでは C1 配座をとります。同様に β-D-グルコースで、C1 配座をとった場合すべての置換基がエクアトリアル結合をとるのに対し、1C 配座ではすべてアキシアル結合となりますので、C1 配座が安定です。このようにC1 配座と 1C 配座の内どちらが安定かは立体構造によって決まります。
立体構造の安定性は平衡時の α 体と β 体の存在比に影響する
さらに、α-D-グルコースで C1 配座をとると1位の水酸基を除いてすべてエクアトリアル結合をとるのに対して、β-D-グルコースで、C1 配座をとった場合すべての置換基がエクアトリアル結合をとります。このため、β-D-グルコースは、α-D-グルコースよりも安定です。また、グルコースの水溶液を放置すると β-D-グルコースの方が α-D-グルコースよりも多くなりますが( β-D-グルコース:α-D-グルコース=37:63)、これも、β-D-グルコースの方が安定だからです。
分子の立体構造は安定性に影響する
最後にグルコースの立体構造についてみていきましょう。以前(「代表的な単糖の構造」の項目)、 D-グルコースが最も安定した単糖であるとお話したことがあったかと思いますが、その伏線回収のお話です。図3に示すようにD-グルコースでは赤色で示した水酸基がバラバラな方向に散っている様子がわかるかと思います。このため立体障害が起こりにくい構造をとっています。このためD-グルコースは立体構造上、非常に安定した構造をとっています。一方でマンノースは水酸基が2位の水酸基がひっくり返っています(青枠)。これにより1位の水酸基(図でいうと左隣の水酸基)と位置が近づいてしまい、少し窮屈になっています。この立体障害が発生した分、マンノースはグルコースより少し不安定になります。とはいえ、他の部位ではこのような立体障害が起きていないので比較的安定な構造をとっています。D-グルコースとそれに類似した単糖が安定しているといったのは、このような立体障害の少なさが理由です。
今回は立体構造と分子の安定性について議論してきました。このように有機化合物の安定性には分子の形やゆがみが深くかかわってきます。私は原子同士のぶつかり合いや窮屈さのような単純な理由で分子の安定性というなんだか難しそうなものが説明できるのは、とても意外な気がしているのですが、皆さんはいかがでしたでしょうか?
今日はここまでにします。それでは読んでいただいてありがとうございました。
参考文献
- 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 5-34
- 2.Jeremy M. Berg, John L. Tymoczko, Gregory J. Gatto Jr., Lubert Stryer著、入村達郎、岡山博人、清水孝雄、中野徹訳 (2018). ストライヤー生化学 第8版. 東京化学同人. pp. 290-313
- John McMurry著、伊東椒、児玉三明訳 (2000). マクマリー有機化学 第4版. 東京化学同人. pp. 439-470
- K. P. C. Vollhardt, N. E. Schore著、古賀憲司、野依良治、村橋俊一、大嶌幸一郎、小田嶋和徳、小松満男、戸部義人訳 (2020). ボルハルト・ショアー現代有機化学 第8版. 化学同人. pp. 1425-1486
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