TCA 回路というと煩雑なイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか?結局よくわからず、出てくる物質をまる覚えしている方もいるかと思います。もちろんそれはそれで大事なことですが、ここではどういう物質がどう反応してどういう生成物が得られるのかというメカニズムに焦点当てて理解していただけるように解説をしていこうと思います。ちょっとマニアックになるかもしれませんが、TCA 回路を理解する一助としていただけたら嬉しいです。
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TCA 回路では代謝中間体を酸化して NADH を産生する
図1にTCA 回路の概要を記載します。このうち、反応 b~j が TCA 回路(tricarboxylic acid cycle)と呼ばれています。TCA 回路ではピルビン酸をはじめ様々な代謝中間体が流入して CO2 と H2O にまで異化する経路です。なお、TCA 回路はクエン酸回路(citric acid cycle)、クレブス(Krebs)回路とも呼ばれます。これらの名前を見たときは TCA 回路のことだねと思ってください。
さて、この回路が機能するためには酸素が供給されることが条件です。酸素供給が十分に行われる条件の下では、解糖系の最終産物であるピルビン酸は CO2 と H2O にまで異化します。各反応は後述しますが、ピルビン酸がアセチル CoA に変換されるとオキサロ酢酸と縮合してクエン酸となり、回路に流入します。その後反応が進み、最終的にオキサロ酢酸となります。アセチル基とオキサロ酢酸が一周するとオキサロ酢酸になるわけですから、CH3COOH が消失して、2 分子の CO2 が産生されたことになりますね。これをまとめると
CH3COOH + 2H2O → 2CO2 + 8H・・・(1)
という反応になります。さて、左辺側には CH3COOH とは別に H2O がありますね。この水は反応 g と i で取り込まれます(図1; 反応 c と d の二段階は同じ酵素により一気に進むので、反応 d の水は反応 c の水で相殺されると考えています)。また、反応 g でどこに水が入る余地があるの?と思われるかもしれません。 この反応では無機リン酸が GDP と縮合して GTP になる反応から得られた水が CoA の脱離に使用されています。
GDP + H3PO4 → GTP + H2O
スクシニル-CoA + H2O → コハク酸 + CoA-SH
(1)の反応式で 8H という項がありますね。この水素は NAD+ 3 分子(反応 e、f、j)と FAD 1 分子(反応 h)に渡されます。以上の内容を考慮したうえで(1)を書き直すと
CH3COOH + 3NAD++ FAD + GDP + Pi + H2O
→ 2CO2 + 3 (NADH + H+) + FADH2 + GTP・・・(2)
こうして得られた NADH と FADH2 は電子伝達系に渡されて ATP に変換されます。GTP はエネルギーを使わずに ATP に変換することが可能です。ですので ATP と等価に扱うことができます。このように TCA 回路で起こる一連の反応は(2)のような反応で言い表すことができます。以降はこれらの反応の一つずつを詳細に見ていきましょう。
余談ですが…
TCA サイクルの生成物名の語呂合わせに「オクイアサコ不倫」というのがあります
オ:オキサロ酢酸
ク:クエン酸
イ:イソクエン酸
ア:α-ケトグルタル酸(2-オキソグルタル酸)
サ:サクシニル CoA(スクシニル CoA)
コ:コハク酸
不:フマル酸
倫:リンゴ酸
という具合です。勉強に役立ててみてくださいね。
TCA 回路の反応各論、メカニズムから理解する
ピルビン酸はアセチル CoA に変換されて TCA 回路に入る準備を整える
この反応は実際にはきわめて複雑な反応によって行われます。ですので、本記事では大雑把な反応を紹介します。詳細の反応については「ピルビン酸からアセチル CoA の生成過程は複雑だけど合理的」という記事で紹介しますので、知りたい方はそちらを見てください。
ピルビン酸のカルボキシル基が CO2 として脱離します。脱離した後の炭素は負電荷をもっています。さらに酸化された電子が引き抜かれ、カルボカチオンに変換されます。このカチオン性炭素に CoA のチオール基の硫黄の非共有電子対が求核的に攻撃して結合を形成し、アセチル CoA が産生されます。
オキサロ酢酸とアセチル CoA が縮合してクエン酸になって回路に流入する
オキサロ酢酸とアセチル CoA が縮合するとシトリル CoA が産生されます。その後、CoA が脱離することでクエン酸に変換されます。さて、この過程で複雑なのはシトリル CoA の合成でしょう。このメカニズムは図3-2に示しています。まず、オキサロ酢酸のカルボニル基の酸素とクエン酸シンターゼのヒスチジン残基間で水素結合を形成します。一方で、アスパラギン酸のカルボキシル基がアセチル CoA のメチル基からプロトンを引き抜きます。その結果、図のようにエノール型の中間体(アルケンの片方に水酸基が結合した分子)が形成されます。このエノール中間体の π 電子がオキサロ酢酸のカルボニル基の δ+ 性の炭素を求核的に攻撃して結合を形成します。なお、この際カルボニル基の酸素はヒスチジン残基から水素を引き抜いて水酸基に変換されます。こうしてシトリル CoA が合成されました。あとは、CoA が脱離すればクエン酸になりますね。
クエン酸は脱水・水和によって異性化されイソクエン酸に変換される
クエン酸からイソクエン酸への異性化はクエン酸がいったん脱水されることから始まります。すると cis-アコニット酸が産生されます。さらに水が付加されると水素と水酸基が交換されてイソクエン酸に変換されます。この反応はアコニット酸ヒドラターゼ(aconitate hydratase)により触媒されています。この酵素は中間体がアコニット酸であることからこのように呼ばれています。
イソクエン酸が酸化され、 CO2 が脱離すると 2-オキソグルタル酸が合成される。
イソクエン酸が酸化されるとオキサロコハク酸が産生されます。この反応は単純なアルコールの酸化ですね。この時 NADH が産生されます。その後、オキサロコハク酸のカルボキシル基が CO2 として脱離します。すると 2-オキソグルタル酸が産生されます。なお、この化合物は α-ケトグルタル酸とも呼ばれます。
一応、命名法を確認しておきましょう。まずグルタル酸という物質があります。これは
HOOC-(CH2)3-COOH という構造をしています。このうち、端から2つ目の炭素がケト基になっています。この構造を基に2種類の命名法を見ていきましょう。
命名法1:ケト基がある位置から近い側の端から番号(1~5)を振ります。するとオキソ基(酸素)が付いている位置は2位ですね。ですので 2-オキソグルタル酸となります。
命名法2:ケト基がある位置から近い側の端から番号(α~δ)を振ります。ただし、一番端の炭素は含みません。するとケト基がある位置は α 位になっていますね。ですので α-ケトグルタル酸です。
2-オキソグルタル酸は酸化されると同時に CO2 を放出してスクシニル CoA に変換される
2-オキソグルタル酸からスクシニル CoA までの反応はピルビン酸からアセチル CoA が産生する反応とよく似た反応で行われます。ここでは概要だけ解説しますね。まず、2-オキソグルタル酸から CO2 が遊離します。遊離後カルボアニオンが形成されますが、さらに酸化を受けて電子を引き抜かれるとカルボカチオンに変換されます。この過程において NADH が産生されます。この位置に CoA のチオール基の非共有電子対が求核的に攻撃して結合が形成されてスクシニル CoA が産生されます。
スクシニル CoA はリン酸のやり取りを介してコハク酸に変換され、GTP が生成される
スクシニル CoA のチオエステル(-CO-S-)は反応性の高い置換基です。チオエステルの炭素にリン酸基の π 電子が求核的に攻撃して CoA とリン酸が交換されます。このリン酸基にヒスチジン残基が作用してリン酸基を引き抜くとコハク酸が生成されます。リン酸基が結合したヒスチジン残基は GDP と相互作用できる位置に移動します。すると GDP にリン酸基を渡して GTP が生成されます。この反応では GTP が生成されますが、GTP は容易にリン酸基を ADP に引き渡して ATP に変換されます。
GTP + ADP → GDP + ATP ΔG゜’: 0 kcal/mol
ギブスエネルギー変化量が 0 kcal/mol であることから、エネルギー的には ATP と GTP は同等ということですね。
コハク酸からオキサロ酢酸の過程で二度酸化される
コハク酸が酸化されるとフマル酸が産生されます。この反応はコハク酸の2つのメチレン基から水素を一つずつ奪い取る反応です。その結果奪い取られた位置が二重結合になりますね。この反応は酸化反応(水素を奪う反応)ですので FADH2 が産生されます。さらに二重結合になった位置に水が付加するとリンゴ酸になります。さらにリンゴ酸が酸化されるとオキサロ酢酸になります。この反応はアルコールの酸化ですね。また、この過程で NADH が生成されます。
さて、オキサロ酢酸のオキサロというのは HOOC-CO- の意味です。オキサロ酢酸の構造を見てください。下半分は(水素が一つ足りないですが)酢酸の構造ですね。そこに HOOC-CO-(オキサロ)がくっついていますのでオキサロ酢酸といいます。
グルコースから得られるエネルギーを換算。圧倒的なエネルギーの生産性を誇る TCA 回路
ここでグルコース1分子から得られるエネルギーの量を換算してみましょう。その前にまずは確認です。NADH や FADH2 は電子伝達系に渡されることで ATP を産生します。この時の換算は NADH 1 分子当たり 3 分子の ATP を、FADH2 1 分子当たり 2 分子の ATP を産生します。また、GTP はエネルギーを使うことなく ATP へ変換が可能です。以上の事実を基に換算してみましょう。
解糖系ではグルコース 1 分子当たり、
2 ATP + 2 NADH
が産生されます。これをすべて ATP に換算すると
2 (ATP) + 2 (NADH) × 3 = 8 ATP
となります。
次にピルビン酸からアセチル CoA が産生される段階ではピルビン酸 1 分子から 1 分子の NADH が産生されます。グルコース 1 分子からは 2 分子のピルビン酸が産生されるので、ATP に換算すると
2 (NADH) × 3 = 6 ATP
となります。
最後に TCA 回路ではピルビン酸 1 分子当たり、 3 分子の NADH、1 分子の FADH2、1 分子の GTP が産生されます。 さらにグルコース 1 分子当たり 2 分子のピルビン酸が産生されるので、ATP に換算すると
3 (NADH) × 2 × 3 + 1 (FADH2) × 2 × 2 + 1 (GTP) × 2 × 1 = 24 ATP
これらをすべて合計すると 38 ATP にもなります。どうでしょうか、TCA 回路が動くことでエネルギーの産生効率が相当上がることがわかるかと思います。
アセチル CoA で供給された炭素原子はいつ脱離する?
アセチル CoA から TCA サイクルに供給された炭素原子は、同位体標識を用いた研究で一周目では脱離しないことがわかっています。下の図では、アセチル CoA により供給された電子を赤色で表現していますが、スクシニル CoA までは保持されていることを確認してください。ところで、コハク酸は対称な分子ですので二つの -CH2-COOH は見分けがつきませんので、赤色で示した炭素原子はピンク色か青色の -CH2-COOH のいずれかに変換されます。そこで、下側(ピンク)と上側(青色)の -CH2-COOH についてそれぞれどうなっていくのか、トレースして行ってみましょう。
ピンク色の -CH2-COOH
-COOH 基の炭素原子:
2サイクル目
2-オキソグルタミン酸→スクシニル CoA のステップで炭酸として脱離
-CH2– 基の炭素原子:
この炭素は以下の二つのパターンが考えられます。
パターン①
2サイクル目
コハク酸のカルボキシル基(-COOH;ピンク色)に変換
3サイクル目
2-オキソグルタミン酸→スクシニル CoA のステップで炭酸として脱離
パターン②
2サイクル目
コハク酸のカルボキシル基(-COOH;青色)に変換
3サイクル目
イソクエン酸→2-オキソグルタミン酸 のステップで炭酸として脱離
ピンク色の -CH2-COOH の炭素はいずれも3サイクル目までに炭酸として脱離していきます。
青色の -CH2-COOH
-COOH 基の炭素原子:
2サイクル目
イソクエン酸→2-オキソグルタミン酸のステップで炭酸として脱離
-CH2- 基の炭素原子:
パターン①
2サイクル目
コハク酸のメチレン基(-CH2-;ピンク色)に変換
「ピンク色の -CH2-COOH」の「-CH2– 基の炭素原子」で記載した経路をたどります
パターン②
2サイクル目
コハク酸のメチレン基(-CH2-;青色)に変換される
「青色の -CH2-COOH」青色の「-CH2– 基の炭素原子」の場合の繰り返しになります。
青色の -CH2-COOH の炭素はカルボキシル基(-COOH)については次のサイクルで脱離しますが、メチレン基(-CH2-)の炭素については、上記のパターン②をとり続けた場合には保持され続けることになります。ただし、パターン①とパターン②のいずれをとるかは確率的に決まりますので、実際にはどこかでパターン①をとれば炭酸として脱離することになり、サイクルを周回するうちに青色のメチレン基(-CH2-)も脱離することになります。このようにTCA サイクルに供給された2つの炭素原子は一周目では脱離しませんが、サイクルを周回するうちに炭酸として脱離していくことになります。
※クエン酸は対称な分子ですが、反応を触媒する酵素の認識の関係上、二つの -CH2-COOH が見分けられることになり、非対称な分子のように挙動します。コハク酸のように見分けがつかなくなりませんので注意してください。
今回は TCA サイクルの反応を概観してみました。TCA サイクルは解糖系と並んで、代謝経路の中でも最も基本的なものの一つです。ちょっと複雑ですが、できればただまる覚えではなく各反応を理解していただけると、TCA 回路の深い理解につながると思いますので、ぜひチャレンジしてください。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。
参考文献
- 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 162-169
- Jeremy M. Berg, John L. Tymoczko, Gregory J. Gatto Jr., Lubert Stryer著、入村達郎、岡山博人、清水孝雄、中野徹訳 (2018). ストライヤー生化学 第8版. 東京化学同人. pp. 458-484
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