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不斉炭素原子を持つ化合物には立体異性体がある
図1にD-グリセルアルデヒドの構造を示しています。グリセルアルデヒドは 2 位の炭素に注目すると 4 本の手のすべてに異なる置換基がついています。このような炭素のことを不斉炭素原子といいます(よく “*” を右肩に書いて表します)。図1の右側と左側を見比べてみてください。ちょうど鏡写しになっていることがわかると思いますが、この二つの構造はどう回転させても同じ構造にはなりません。このように、不斉炭素原子を持つ化合物には立体異性体が存在します。
鏡写しの関係の構造異性体は鏡像異性体
図2にエリトロースの構造を示しています。不斉炭素原子は一つの化合物に複数含まれることがあります。エリトロースには二つの不斉炭素原子が含まれます。2位と3位の炭素です。不斉炭素原子が n 個ある場合、想定される立体異性体のパターンは 2n 通りあります。エリトロースの例では n=2 なので、4 通りとなります。図2に考えられるパターンを記載しています。このうち、D-エリトロースと L-エリトロースの組み合わせや、D-トレオースと L-トレオースの組み合わせは鏡写しの関係になっています。このような異性体を鏡像異性体といいます。
鏡像異性体ではない立体異性体はジアステレオマー
また、D-エリトロースと D-トレオースや L-トレースのように立体異性体の関係にありながら、鏡像異性体の関係にないものをジアステレオマーといいます。鏡像異性体は化学的性質が同じ場合が多いですが、ジアステレオマーは異なる物性や化学的性質を持つ場合が多いです。
一つの不斉炭素原子についてだけ異なる立体配置を持つ場合エピマーという
図3には α-D-グルコースと β-D-グルコースの構造を示しています。グルコースには複数の不斉炭素原子が含まれています。一方で α-D-グルコースと β-D-グルコースでは 1 位の水酸基のみがひっくり返っています。このように、複数の不斉炭素原子が含まれている分子で一つの炭素の立体配置のみが異なっている関係のことをエピマーといいます。
ここで以前に紹介したアノマーと混同しそうなので、追加で説明します。アノマーとは鎖状の単糖が環状構造をとる際に発生する立体異性体のことを言います。ですのでα-D-グルコースとβ-D-グルコースはアノマーでもあります。一方でエピマーとは一つの不斉炭素でだけ立体っ配置が異なっている関係のことを言います。D-グルコースと D-マンノースは 2 位のエピマーですが(図4)、それぞれの鎖状構造が環状構造をとったところでグルコースはマンノースにはならないですし、逆もまたないですよね。ですのでアノマーではありません。ちょっと概念が似ているように見えますが、定義が違いますのでごっちゃにならないように気を付けてください。
D 体、L 体の命名はアルデヒド基(ケト基)から
最も遠くにある不斉炭素原子に注目して決める
最後にこれまで何気なく登場してきた “D-“、”L-” の表記について記載します。見分け方はまず、いつも通りアルデヒド基(ケト基)を上に配置して、最も遠くにある不斉炭素原子に注目します。この炭素の水酸基が右に来る場合を D 体、左に来る場合を L 体といいます(図5)。ここからは参考にしてもらえるといいかと思います。この命名法はグリセルアルデヒドを基準に決めています。D-グリセルアルデヒドは旋光度を測定した場合、偏光面を時計回りに回転させます。このことから d-グリセルアルデヒドあるいは (+)-グリセルアルデヒドと表記します(d が小文字であることに注意です。小文字の時は旋光性の方向(時計回り、+方向)を示しています)。一方で L-グリセルアルデヒドでは、偏光面を反時計回りに回転させることから、l-グリセルアルデヒドあるいは (-)-グリセルアルデヒドと表記されます(l についても d と同様、旋光性の方向を意味します。l の場合は旋光性の方向は反時計回り、-方向です)。この d-グリセルアルデヒドを D-グリセルアルデヒド、l-グリセルアルデヒドを L-グリセルアルデヒドとします。D-グリセルアルデヒドから誘導される物質をすべて D 体と表記し、L-グリセルアルデヒドから誘導される物質をすべて L 体と表記します。”誘導される物質” というところがわかりにくいと思いますが、要は上で示した見分け方を使って見分けてください。つまり、大文字の D や L を使う場合は旋光度とは関係がなく(必ずしも一致もしません)、D-グリセルアルデヒドや L-グリセルアルデヒドから誘導されるか否かだけで名前が付けられているということです。
さて、今回は立体異性体についてみてきました。この分野は名前がこんがらがりやすい領域かと思います。私も結構こんがらがっていました。ですので、落ち着いて知識を整理していただければと思います。
参考文献
- 島原健三 (1991). 概説 生物化学. 三共出版. pp. 5-34
- 2.Jeremy M. Berg, John L. Tymoczko, Gregory J. Gatto Jr., Lubert Stryer著、入村達郎、岡山博人、清水孝雄、中野徹訳 (2018). ストライヤー生化学 第8版. 東京化学同人. pp. 290-313
- John McMurry著、伊東椒、児玉三明訳 (2000). マクマリー有機化学 第4版. 東京化学同人. pp. 439-470
- K. P. C. Vollhardt, N. E. Schore著、古賀憲司、野依良治、村橋俊一、大嶌幸一郎、小田嶋和徳、小松満男、戸部義人訳 (2020). ボルハルト・ショアー現代有機化学 第8版. 化学同人. pp. 1425-1486
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